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神戸地方裁判所 昭和30年(ワ)245号 判決

原告 川島金治

被告 金沢紀四五郎 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告に対し、被告紀四五郎は別紙〈省略〉目録記載第一の建物を、被告会社は同目録記載第二の建物を収去して、神戸市葺合区磯上通八丁目九番の四、宅地一四一坪三合八勺(以下「本件宅地」という)の換地予定地同区小野柄通附近五ブロツク六号一〇六坪を明渡せ、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和七年二月九日、訴外甲子不動産株式会社よりその所有の本件宅地を、堅固でない建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、同地上に木造煉瓦造瓦葺三階建本家一棟延建坪六七坪七合、及び同じく三階建洋館一棟延建坪二一八坪五合を建築所有していたが、右借地契約は数次の更新の結果、昭和二六年五月末日まで存続すべきところ、右建物二棟は昭和二〇年六月五日戦災で焼失した。その後、昭和二二年九月一九日被告紀四五郎外三名は右会社より本件宅地を買いうけ共有するようになり、間もなくその上に、被告紀四五郎は別紙第一の建物を、被告会社は何らの権原なく第二の建物を、それぞれ建築所有し、原告に本件宅地の使用を許さない。その後請求の趣旨記載のような仮換地の指定がなされたのであるが、原告が本件宅地につき有する賃借権の期限は前記のとおり昭和二六年五月末日であつたが、その残存期間は羅災都市借地借家臨時処理法(以下「処理法」という)第一一条によつて、原告が本件宅地を現実に使用することができるようになつた日から一〇年延長せられることとなつたのみならず、原告は同法第一〇条によつて昭和二一年七月一日から五年以内である昭和二二年九月一九日本件宅地につき前記のとおり所有権を取得した被告紀四五郎及び何らの使用権原なき被告会社に対し、その賃借権を対抗しうべく、殊に被告紀四五郎に対しては既に当庁昭和二三年(ワ)第四〇七号事件でその賃借権確認の勝訴の確定判決を得ているから、被告らに対し、それぞれ前記各建物を収去して本件宅地に対する換地予定地の明渡しを求めるため本訴請求に及んだ、と述べ、被告らの権利濫用の抗弁に対し、かりに処理法第一一条の規定により被告らのいうように本件借地権の残存期間が昭和三一年九月一五日満了するとしても借地法第四条によつて契約が更新されるものであるところ、原告は罹災後直ちに本件宅地に原告の借地であることを表示する立札を立てるとともに、引続き賃借使用すべく、その旨まず前記甲子不動産株式会社に、次いで所有権移転後は被告紀四五郎らに申入れていた次第であつて、前記訴訟提起に至つてにわかにその権利を主張し始めたものではなく、他方、被告らは右申入れを無視して本件各建物を建築してしまつたのである。さらに本件宅地附近は交通頻繁ないわゆるビジネスセンターで、騒音甚しく、病院用地としては極めて不適当であるに反し、原告は本件宅地に、ビジネスセンターとして、最もふさはしい建物を建設する意図を有するものであり、又本件宅地附近は市街の中心地帯で、被告ら各所有の本件建物のような木造バラツク建家屋は都市美観上、防火上好ましくない。原告は訴外甲子不動産株式会社が原告に無断で、原告賃借中の他の土地を三和銀行に売却したので、その損害の賠償にあてるため、昭和一九年八月分以降一時本件土地の地代を右訴外会社に支払はなかつたことはあるが、決して地代の支払を不当に怠つたわけではない。以上の次第により、被告紀四五郎らは、前記期間満了の際、原告のなすであろう本件借地契約の更新請求に対して異議を述べる正当な理由はないから、原告の賃借契約はその際更新せられるべく、これが更新のないことを前提とする被告の権利濫用の抗弁は、理由がないと述べた。

被告ら代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の借地権の残存期間及び被告会社が本件宅地を占拠する権原の点を除いて原告主張の事実全部を認める。被告会社は本件宅地の共有者である被告紀四五郎外三名の承諾をえて本件宅地を使用占拠しているものである。しかして、原告の有する借地権の残存期間は、処理法第一一条第二六条により、昭和三一年九月一四日(被告らの準備書面中「同年八月二七日」とあるのは、「同年九月一四日」の明らかな誤記と認める。)に満了し、次に(1) 、(2) に記載する理由によりその後は更新せられないので、このような残存期間の極めて短い借地権に基いて本件各建物を収去して、本件宅地の明渡しを求めても原告に何らの利益なく、徒らに被告らに甚大な損害を与えるのみであるから、該借地権に基く明渡請求権の行使は権利の濫用であつて、許さるべきでない。すなわち、

(1)  処理法第一一条によつて賃借期間の延長せられた借地権には借地法第四条の適用はなく、その契約は更新されない。

(2)  かりに、同法条の適用があり、原告が賃貸借期間満了の際、借地契約の更新を請求するとしても、(イ)原告は本件土地上に現在建物を有しないし、昭和三一年九月一五日迄には建物を建築するいとまはない。(ロ)被告らはもともと原告が借地権を有することは全く知らなかつたものであり、原告は被告らの建築工事の進行を知り乍ら何ら異議を申立て、或は工事の差し止めを求めることなく、唯、漫然と工事の竣工を待ち、被告らにおいて、巨額の費用と多大の苦心をはらつて病院経営が漸く緒についた頃に至つて、にわかにその権利を主張して明渡を求めて来たものである。(ハ)戦後一〇年間、被告らは本件地上に綜合病院を経営し、ようやくその名を知られ、来院する患者も多くなつた現在、他に移転することは極めて困難で、甚大な損失をうけるので、被告らは本件土地を、公益のためにも、自ら使用する必要性極めて大なるものがある。(ニ)原告はこの一〇年間地代を全く支払つていない。以上のような次第であるから、被告は原告の更新請求に対しては異議がある。

よつて、被告らは原告の本訴請求に応じられない、と述べた。

〈立証省略〉

理由

原告が訴外甲子不動産株式会社から、その所有の本件宅地を、堅固でない建物所有の目的で賃借したこと、原告は右地上に木造煉瓦造瓦葺三階建本家一棟延建坪六七坪七合及び同じく三階建洋館一棟延建坪二一八坪五合を建築所有していたこと、同建物が昭和二〇年六月五日戦災により焼失したこと、被告紀四五郎外三名が昭和二二年九月一九日訴外会社から本件宅地を買いうけたこと、被告らがそれぞれ原告主張のような各家屋を建築所有していることは当事者間に争がない。右賃借期間が当初賃貸借締結のときから二〇年間、すなわち昭和六年五月三一日までと定められたことは成立に争のない乙第一号証によつて明らかである。従つて、借地法第六条第一項但書第五条第一項により更新された契約の賃借期間はそれから二〇年すなわち昭和二六年五月三一日までといわねばならない。そうすると、原告の有する本件宅地の賃借権は、まず、戦時罹災土地物件令第三条第一項附則第三項により昭和二〇年七月一二日よりその存続期間の進行を停止し、ついで、処理法の施行に伴い昭和二一年九月一五日より再びその進行を始めると共に、同法第一一条第二六条の規定により昭和三一年九月一四日まで延長せられたものといわなければならない。しかるに、原告は、処理法第一一条に謂う一〇年とは、借地権者が現実にその土地の使用を開始した時から進行する、すなわち、賃貸人の妨害によつて借地権者の使用が不能であつた期間は賃貸借期間に算入されないものであると主張するけれども、賃貸借契約は要物契約ではないからその契約と同時に賃借権が発生することもちろんで、発生のときからそれを起算するのが当然である。又、法文上もその主張のように解さねばならない理由は見当らないから、この主張は採用できない。

証人金沢万次郎の証言によれば、被告会社は昭和二二年本件宅地の所有者である被告紀四五郎外三名から無償で本件宅地を借り受けたうえ同目録記載第二の建物をこれに建築所有していることが認められる。

そうすると、処理法第一〇条の規定により、原告は右借地権を以て、昭和二一年七月一日から五カ年以内に本件宅地につき所有権又は借地権を取得した被告らに対し対抗しうるものといわなければならない。

そこで、被告ら主張の権利濫用の抗弁について判断する。

まづ、被告らは、処理法第一一条によつて期間を延長せられた賃貸借契約には、一般的に、借地法第四条の適用はなく、更新せられないと主張するもののごとくであるが、処理法が同条の適用を排除したものとは考えられないのみならず、却つて同法条の立法趣旨(後述)に鑑みるときはその適用があるものと解するのが相当である。

ところで、同法条によれば、借地権者が契約の更新を請求するには、建物のある場合に限られること明らかで、たとい賃貸人の妨害によつて借地権者が建物を建築することができなかつた場合も同様である、と解する。何故ならば、同条の立法趣旨は建物の社会的経済的効用の保障にある、つまり、現実に存在する建物の保護をはかつたもので、建物を有しない借地権者の保護をはかろうとするものではないからである。しかし、建物が存在していなければならない時期は、従来の借地権消滅の時と解すべきであるから、本件においては、昭和三一年九月一四日までに原告が建物を建築すれば、同条の適用により、原告は契約の更新を請求することができる、つまりそれまでに建築しなければ、同条の適用はなく、従つて原告の借地権は同日の経過を以て、期間の満了により消滅するものといわなければならない。そして、原告が同日までに建築するには、まづ、被告ら各所有の本件建物が収去せられて後始めて可能となるところ、弁論の全趣旨によると、被告らの任意の収去は期待できず、従つて被告らに対し収去を命ずるこの判決が確定するか、仮執行が停止せられない場合に、その執行によつてのみ実現できるもので、しかもそのような判決に対して、被告らは必ずや控訴してその確定を妨げるであろうし、又仮執行に対してもその停止を申立てるであろうことが推認できる。右認定事実と弁論の全趣旨によると、本件の場合において、昭和三一年九月一四日までに、原告本人尋問の結果によつて認められる原告が企図している工事費七、八千万円程度のビルデイングを建築するに最少限度必要な日数を残し、それより以前に本件建物収去の執行が行はれることは不可能と認めざるを得ない。

前認定のように、昭和三一年九月一四日までに原告が本件宅地上にその意図する建物を建築することが事実上不可能である以上、借地法第四条の適用の余地なく、その他の点について判断するまでもなく、同年九月一五日以降、原告の本件借地権は、更新せられることなく、同月一四日をもつて期間の満了とともに消滅するであろうと推認せざるをえない。

一方、証人金沢万次郎の証言及び被告紀四五郎本人訊問の結果によれば、本件建物は医師十一名をようし、入院患者三五、六名、外来患者一日約二百名の綜合病院の用に供せられていることが認められるから、かりにこれが收去された場合、被告らは多大な損失をこうむるものであろうことが窺える。

そうだとすると、原告は爾今僅か約三カ月余の残存期間しかない借地権を有するにすぎず、新たに建物を建築する暇もなく、従つてそれによりさしたる利益も受けることができないのに反し、被告らに対しては、徒らに多大な損失を与えるのみであるから、原告の本件借地権に基く明渡請求権の行使は、権利の濫用として許されないものといわなければならない。

以上の理由により、原告の本訴請求は認容することができないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山内敏彦 尾鼻輝次 三好徳郎)

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